ネットの海で想う事 ~ 6想目 コロナ禍に対するマスコミの役割がわからない

医療崩壊が叫ばれる昨今。

日本政府のコロナ対応は場当たり的で一貫性が無く、何がしたいのかよくわからないですね。

Reoは緊急事態宣言とか関係なく、自粛しまくり引き籠りまくりで自分自身の身の安全を確保しようと思っています。

しかしながら、政府のコロナ対応と同じレベルか、それ以上に酷いと感じているのはマスコミの対応です。

Reoの個人的な意見ですよ。

何に酷さを感じているかというと、本来の職務を果たせていない事を棚に上げて、さも自分が正しいように振る舞っている点です。

画面の向こうで、レポーターが真剣な顔をして

「この1年、政府は何をしていたのでしょうか」

と言います。

憂慮している雰囲気を醸し出していますが、「それを調べて報道するのがあなたたちの仕事では?」と思わずにはいられません。

「あなたたちこそ、1年間政府を監視してこなかったの?ジャーナリズムってなんだっけ?」というやり場のない気持ちになります。

我々に疑問を呈されても困ります・・・。

「政府がコロナ禍に対応できていない」と「マスコミが事実を追求・報道できていない」というのは、どちらも残念な問題だと思います。

しかし、政府がコロナ禍にうまく対応できていないというのは、全方位から批判を一身に受けている政府自身も理解しているでしょうし、彼らは彼らなりに現実との折り合いを付けて何とかしようとしています。

気になるのはマスコミの方です。

彼らは事実を追求・報道できていないという事を、自分事として捉えているのでしょうか。

少なくともReoは、コロナ禍が始まってから「政府がどういう考えで、どういう対応をしたか」という点について、しっかりとした取材に基づいた報道を見た記憶がありません。

仮にも先進国の日本で「政府がコロナ対策に思い至らなかった」ということは考えにくいです。

仮に何も対応をしなかったとしたら「何もする必要が無い」という意思決定があったはずで、その経緯こそ、調べて報道してほしい事です。

「なぜ今のような状況になっているのか」

説明責任は一義的に政府にあると思いますが、それが果たされない時はジャーナリズムの出番ではないでしょうか。

なぜオリンピックが中止できないのか、とか、海外からの水際対策が徹底できないのか、とか、その意思決定がなされた「経緯」「理由」などに対して、推論でもなく意見でもなく、事実に踏み込んで欲しいのです。

政府の対応のまずさに対する批判はReoがブログに書いておきますので・・・。

とまあ色々と書きましたが、Reoが思うに、マスコミも危険なこと、難しいこと、面倒な事はやりたくないし、そもそも出来ないんでしょうね。

仮にReoが大手新聞社なりに勤めていたとして、幾多の困難を乗り越えてまで「政府の意思決定プロセスを調べたい、報道したい」と思えるかと言うと、そこまでの使命感は持てないと思います。
※ちなみに使命感というか「熱さ」という点で、落合信彦さんと言う方の本がジャーナリズム魂を感じられて(ファンタジーとして)面白いです。

Reoの意識は最初に「割のいいお給料」に向いて、次に「退屈しない程度の刺激」に向くと思います。

政府とかマスコミとか聞くと、なんとなく職業意識、プロ意識に燃えた意識高い系の人たちを想定してしまいますが、中の人は我々と変わらない人間ですもんね。

地位や職務に応じた能力は兼ね揃えておいて欲しいとは思いますが、過度な期待は禁物なのかな、とも思います。

Reoは政府のコロナ対策以上に、マスコミの対応に悲観的ですが、無いものねだりしても仕方がありません。

現実を受け入れて、自分の安全が買える程度のお金を稼ぐことを考えながら生きていこうと思います。

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